長野地方裁判所諏訪支部 昭和37年(ヨ)23号 決定 1962年12月11日
申請人 大代護
被申請人 株式会社ヤシカ
主文
被申請人は申請人を被申請人会社諏訪工場従業員として取扱わねばならない。
被申請人は申請人に対し昭和三七年一二月一日以降一ケ月一五、九〇〇円の割合による金員を毎月末日限り支払わねばならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
(申請の趣旨)
被申請人は申請人を被申請人会社諏訪工場組立課距離計調整係の従業員として就労せしめなければならない。被申請人は申請人に対し昭和三七年一二月一日以降一ケ月一五、九〇〇円の割合による金員を毎月末日限り支払わなければならない。との裁判を求める。
(当裁判所の判断の要旨)
(一) 疎明によれば次の事実が認められる。
(1) 申請人は工業高等学校を卒業して昭和三三年三月六日被申請人会社(以下会社という)に入社し、同社諏訪工場第四製造部の距離計調整係として勤務する傍ら、会社の労働組合員として活発な組合運動を行つたところ、昭和三五年三月突如何らの技術を要しない同工場発送課に配置換となつた。
(2) 申請人は昭和三五年一二月二日会社に対し退職届を提出したが、翌三日右は会社幹部や運動部員から署名を強要されたものであると主張して撤回を申入れた。然し会社は既に退職したものとして申請人の就労を拒んだため、申請人は昭和三六年三月長野地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をした。
(3) 長野地方労働委員会は右事件について審理を重ねたが、同年九月二八日中島万六審査委員らの勧告にもとづき、申請人と会社との間に、次の和解協定が成立した。
一、申請人は昭和三五年一二月二日付で会社を退職したものとする。
二、会社は本協定成立の日をもつて申請人をヤシカ商事株式会社東京本社に採用する。
三、申請人が本協定成立の日から一年を経過した後に、会社諏訪工場への復帰の希望を申出たときは、会社は速かに復帰について最大限の考慮をする。
四、双方は相互にその立場を理解し、その権利を尊重すると共に会社は申請人を差別扱しない。
なお右協定の解釈履行に関し疑義を生じたときは同委員会長の指名する委員の判断に従う。
(4) 同日、申請人と会社との間で、右協定の実施に関し、会社は申請人に対し和解金一〇万円(右は申請人の退職した日から右協定成立の日までの賃金に代る生活保障の趣旨と認められる)を支払うこと、その他ヤシカ商事株式会社(後にヤシカ産業株式会社と改称。以下ヤシカ産業という)における申請人の勤務条件を定めた覚書を交換した。
(5) ヤシカ産業は、会社の製品を国内に販売することを営業内容とする傍系会社であつて、申請人は右協定にもとづき、昭和三六年九月二八日ヤシカ産業に雇用され普及部サービス課に勤務した。
(6) 申請人は、昭和三七年八月一六日会社に対し、前記協定成立の日から一年を経過する同年九月二七日をもつて会社諏訪工場へ復帰できるよう取扱われたい旨申入れたが、会社及びヤシカ産業役員は申請人のヤシカ産業における仕事の重要性から申請人を会社へ復帰させることはできない旨回答したので、申請人は前記和解協定にもとづき長野地方労働委員会に対し同協定第三項の解釈履行に関する判断を求める申立をしたところ、同委員会長の指名を受けた同委員会中島万六公益委員は、同年一〇月三〇日、会社は申請人の諏訪工場復帰について最大限の考慮をしたものとは認め難たいので、速かに申請人を会社諏訪工場における昭和三五年二月当時の原職又はこれに相当する職場に復帰させるのを妥当と判断する旨裁定した。
(7) そこで申請人は昭和三七年一一月二四日会社に対し、同年一二月一日をもつて会社に復職し労務の提供をなす旨通知したが、会社は何らの回答もせず、申請人が同日会社諏訪工場に赴いて就労しようとしたところこれを拒否した。
(二) 而して疎明中の和解協定書、同附属覚書(疎第四号証)及び和解協定の解釈履行に関する判断と題する書面(疎第八号証)並びに申請人審尋の結果を総合すると、右協定は申請人の退職の効力を形式的に承認するが、申請人が退職した日から協定成立の日までの賃金に代る生活保障として会社が申請人に一〇万円支払い、且つ冷却期間を設けるため一年間申請人を傍系会社のヤシカ産業に出向せしめ、しかる後会社への復職を認めることによつて実質的には申請人の退職の撤回を承認し、引続き会社に雇用すると同一の効力を生ぜしめることを主たる内容とするものであつて、和解協定第三項「申請人が本協定の成立した日から一年を経過した後に会社諏訪工場への復帰の希望を申出たときは、会社は速かに復帰について最大限の考慮をする」との条項の趣旨は、右協定成立の日から一年間を経過した後に申請人において会社に対し復帰を希望するときは、会社において申請人を雇用できない特別の事由がない限り、会社は申請人を申請人が引続き会社に勤務した場合と同一の労働条件(但し職種については昭和三五年三月配置換せられる前の職務と同一又はこれに相当する製造部門の技術的職務)で雇用しなければならない旨を約定したもので、換言すれば右は、申請人に予約完結権を留保し、申請人において右協定成立後一年間を経過した後右完結の意思表示をするときは、会社において申請人を雇用しないことを正当と認める特別の事由なき限り会社はこれに応ずべき債務を負担する再雇用契約の予約であつて、且つ右特別の事由(例えば申請人にヤシカ産業において懲戒解雇に相当する所為の存否、会社において申請人を雇用することがヤシカ産業の事業運営上重大な支障を生ずる虞れの有無、会社の経営状態などからして申請人を会社で雇用することの難易などが右事由に該当することは疎第八号証により明らかである)の有無の判断を長野地方労働委員会長の指名する委員の判断に委ねたものと認めるのが相当であり、これを「会社は速かに復帰について最大限の考慮をする」という文言で表現したのは、以上の協定の趣旨に鑑み、特に会社の立場に留意して会社の面子を保持できるような表現にしたものと認められる。
従つて既に長野地方労働委員会より申請人を会社諏訪工場の従業員として復帰させるのを妥当とする旨の判断がなされている以上、前記雇用契約の予約にもとづき申請人が昭和三七年一一月二四日会社に対してなした同年一二月一日から会社に復職し労務を提供する旨の申入れにより、同日をもつて申請人と会社との間に、申請人が昭和三三年三月六日会社に入社して以来引続き会社に雇用されている場合と同一の労働条件(但し職種については前述のとおり)をもつて申請人を会社諏訪工場の従業員として雇用する旨の契約が成立したものというべきである。
(三) 而して会社は申請人を会社の従業員として取扱わず、その労務の提供を拒否しているものであるから、昭和三七年一二月一日以降申請人は会社に対し賃金請求権を有することが明らかである。
そして疎明によれば、申請人はヤシカ産業より同年一一月分の賃金として一五、九〇〇円の賃金の支給を受けており、右は前記和解協定の趣旨に鑑み、申請人が引続き会社に勤務すると同額の賃金と認められるから、申請人は会社に対し一カ月一五、九〇〇円の割合による賃金請求権を有するものというべきである。
(四) そこで本件仮処分の必要性について考えるに、従業員が会社から故意に従業員としての取扱を拒否されること自体に労働者の権利を不当に奪い甚大な不利益や苦痛を与えるものとしてその地位保全の必要性を認めうべく、又前記和解協定の趣旨に鑑みれば、申請人は会社諏訪工場の従業員として雇用されるときは当然ヤシカ産業を退職したものとして扱わるべきであり(申請人が会社において就労を拒んでいるためヤシカ産業での勤務を継続しているのは会社への労務の提供に代るものとみるべきである)、申請人は会社より賃金を得るにあらざれば、ほかに収入の途を完全に失い生活上非常に不安な状態におかれることが明らかであるから、会社において申請人を従業員として取扱わずその就労を拒んでいる以上、本件仮処分はこれを求める緊急の必要性があるものといわなければならない。
(五) よつて申請人の本件仮処分申請は理由があるから保証を立てしめないでこれを認容し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 竹田稔)